anemone

美味しいものの話から、ただの独り言まで。

平穏な一日をありがとう

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おじいちゃんやおばあちゃんが集う温泉へ行った。薬湯に繰り返し浸かり、貸しきり状態の露天風呂で手足を伸ばす。これまた貸しきり状態のサウナのなかでヨガもどきをやった後、フラフラとあがった。

上がってご飯を食べようと歩いていたら『ただいまの時間マッサージ機無料』の文字。しかも寝るタイプの医療機器とあってものすごく気持ち良かった。販売員のお姉さんがいなければきっと寝てしまっただろう。うっかり気に入ってしまったけど値段を聞いて「よし。定年してから買おう」と現実に戻った。(目が覚めて良かった)

 

ご飯を食べてから別のところへ栗パフェを食べに行く。

スリムで大きな栗パフェは、栗がとても甘いので生クリームやコーンフレークには砂糖を使っていないそうだ。ちょうど良い甘さでとても幸せな気持ちになった。

 

家路につき、夕飯の準備をして食べてもまだ19:30。

幸せすぎる。

今日が日曜日なら少し憂鬱だけど、今日が木曜日だからそこがまた良いのだ。

 

平穏な一日をありがとう。

 

大切なことは口に出す

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毎日 ありがとう。幸せ。と思うだけでなく 口にするようにしている

大切な人には大切と言おう

いつか言おう。分かってくれてるだろう。ではダメです

 

 

自分に責任を持つということ

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自分が生きてきた世界とは全く違った生活をしてきた人がいる。

自分からすればうらやましいと思える世界を見ては、比較して落ち込んだり、環境のせいだとか誰かのせいだとか人に責任を押し付けて理由をつけようとしていたあの頃。

でもその「うらやましい」世界の人はその恵まれすぎた環境が窮屈でそれから逃げ出したくなる。人は誰も自分の人生を満足に感じないものなのかもしれない。

隣の芝生はいつも青い、のだ。きっと。

 

誰のせいでもなく、自分で選んできた人生だと今なら思えるけれど、昔は自分に足りないものがあると それを誰かのせいにしながら生きてきたかもしれない。そうでなければ自分がとてつもなくダメな人間な気がして、保てなくなってしまいそうだった。

どんな小さな選択も自分で選んでいるのだから、責任はちゃんと持たなくては。

今はそう思える。

そんなことを思った日。

 

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今の私はどうだろう。

要領は悪いし、不器用で、何もスマートにできることはないけれど 周りの人に恵まれて誰かがそんな私に手を差し伸べてくれて とても穏やかに幸せだ。

私の選んできた道も悪くなった。むしろ人生の糧になっていると思える。

 

幸せだ。今日という日もありがとう。